多摩川沿いのアトリエ「羽村のアトリエ」

羽村のアトリエ設計解説2017/8/31

2016年に完成した『羽村のアトリエ』はOZONEという住宅プロデュース会社による3者コンペにて選ばれた計画です。敷地は羽村市の多摩川の土手に面していて土手の向こうには運動公園のサッカーグラウンドと川の流れ、その背後に山という広大な風景が広がっていて(目の前の道路に電柱もありません)、250平米あまりの余裕ある敷地の背後には澄んだ水の流れる小川まであるという美しい場所でした。

要望されたのが版画家のアトリエ付の住宅ということで大きなプレス機を2台置く必要もあり、建物もなるべく広くする必要がありましたが予算の限度もあり提案させて頂いたのはなるべくシンプルかつ素朴な単純化した建物とするということ。

具体的には建物は敷地に無理なく納まる約8.6m角の正方形の間取りの2階建てとして1、2階ともにほぼ同じ間取り、緩い勾配の切妻屋根を架けて2階バルコニーは防水工事が不要なスノコ上のデッキテラスとし、屋根には雨樋も設けませんでした。外壁は塗装の必要がない割に耐久性のある素焼きの焼杉板として外壁を保護するための最低限の軒の出を設けました。

1階は特に玄関を設けず土間のアトリエに南向きの片引掃き出し窓からそのまま入れるようにし、アトリエの天井はその上部のLDの床下地合板をそのまま表し仕上げとしています。新築当時はまだお子様もいらっしゃらなかったので家族構成の変化に対応しやすい間取り、また将来の子供部屋が当面は仕事部屋として使いやすいような融通の利く間取りとし、水廻りは北側にまとめています。

内装についてはDIY経験豊富な建て主に塗装工事は全てお任せするということで壁はシナベニヤ合板素地、床はナラフローリング無塗装、天井はラワン合板素地の全て素材むき出しの仕様。内壁は後工事のDIYでどこにでも簡単に釘が打てるようにと全て合板仕上げです。造作家具については単価が高くなる家具業者による製作ではなく、大工が現場で造作する仕様とできるように全て単純な家具としています。また業種を減らすためにタイルもこの家には使用していません。大工で作れるものは極力大工に作ってもらうという考え方です。幸いにして細かい工事にも精通した親子の大工さんにお願いすることができて難しい全面合板梁の内壁や大量の造付け棚もきれいに納めて頂けました。また外構工事についても植栽工事は建て主自ら友人と行うということで最低限の砂利を敷く以外は何もしていません。

キッチンは一番格安で仕入れられる工務店仕様のシステムキッチンの標準セットを壁に隠れるように設置し、LDから見えるバックセット収納部分は出窓と組み合わせた現場造作にて製作。

洗面化粧台は既製品の格安のものもあるのですが、既製品の余計なデザインが入ることを嫌ってこれも造作家具のカウンターに実験流しをはめ込んだだけとしています。また電気のスイッチプレート類は建て主要望にて全てUSA規格のものを使用していますがそれ自体は特に高価なものではありませんでした。

浴室についてはユニットバスの方が安くできるのですがここだけはこだわってハーフユニットバスとし、壁天井には桧を張りました。1階なので窓には木製の格子も取り付けています。

建物の中央に位置する階段室は中央の手摺壁を薄い合板とすることで有効間口を広げたゆったりした階段となっています。階段南側の明り取りの窓の向こうにはちょっとしたワークコーナーも設けてあります。最初のプランではこの階段室を介してキッチンから多摩川への眺望が望めるようにキッチンにも室内窓を設ける提案をしていましたがそれは不要ということでした。

2階LDは切妻屋根そのままの高い勾配天井ですが主寝室の天井は平天井として小屋裏も将来的に収納としてできるような余地も残してあります。

川側に設けた大開口は1階は木製建具によるはめ殺し窓+片引き窓、2階はアルミサッシの引違窓としています。デッキ床材バルコニーの手摺壁はセランガンバツ材にウッドロングエコ塗装を施しています。

2階のデッキテラスは間口も広く奥行も1.8mあるので広く使い勝手が良いはず。土手の上の遊歩道を歩く人の目線も2階からなら気になりません。切り取られた風景には人工物が全く見えず、ただ空と山と川と緑があるだけでとても癒される眺めです。最寄り駅から歩くにはちょっと遠いのですが東京都内とは思えない風景に現場監理で通っていた時には随分癒されました。
この『羽村のアトリエ』は延べ面積自体はかなり大きいのすが、極限まで要素をそぎ落とすことでここ数年では建売住宅以外では実現できないような格安の坪単価にて建てることができました。余計なものがないことがかえって空間自体の良さが際立ち、将来的にいろいろと何かを付け加える余地も残されていて、このようにそぎ落とされた建築の良さを再確認させられた家でした。